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遊文舎の歩み

社名の由来

不遊文翰、不識智之源の石

風を弘め俗を導くは、文より尚きは莫く、教を敷きひとを訓ふるは学より善きは莫し。

文に因りて道を隆にし、学に仮りて身を光す。

深渓に臨まざれば、地の厚きを知らず。

文翰に遊ばざれば、智の源を識らず。

淳良な風俗を広め、人々を正しく教え導くのは、文字を学ぶことにまさるものはない。文によって人は正しい道をさかんにし、学ぶことによって行動をかがやかしいものとする。深い谷をのぞきこまなければ、大地の厚みがわからないように、文書や書籍に親しまなければ、真の知性は身につかない。

社名「遊文舎」は、この一節「不遊文翰、不識智之源」に依りました。

遊文舎ロゴマーク

ロゴマークは、象形文字の「文」をデザインしたものです。象形文字の「文」は「人」と「心」から成っています。
「文」は「人」の「心」をのせて運びます。
時代と空間を超えて心と心のコミュニケーションから新たな世界がひろがります。

会社略歴

1969年4月 大阪府吹田市に「出版会四季」と「木原印刷所」を同時に創業。大学や各種団体の広報誌、年誌の編集のかたわら、オフセット印刷の設備を備える。
1976年8月 事業規模の拡大にともない、現在地に工場を建設。タイプから手動写植機中心の文字組版に本格的にとりくむ。
1979年10月 「株式会社木原印刷」設立。
1987年3月 社屋を拡張。製版部門の完全明室化と組版部門の電算への転換にとりくむ。
1989年2月 タイプセッタライノ300Eを導入し、電算写植システムを完成。
1992年3月 WAVE-ACAD(6E)を導入し、自動組版処理によるパワーアップを図る。
1994年10月 新社屋を建設。「文字と画像の統合」に向け、デジタルシステムの構築に着手。また、ハイデルベルグ菊全印刷機の導入により、脱"軽印刷"を果たす。
1996年9月 ホームページを開設。ネットワーク時代に対応して、プリプレスのフルデジタル化達成。
1999年1月 社名を「株式会社遊文舎」に変更。文字に親しみ文化を育てるGraphic Studioとして更なる展開を期す。
2002年1月 情報管理システム「ぷぷり」を開発、運用スタートする。IT部門を強化し、多言語組版・データベース組版を特化。
2002年3月 東京都文京区本郷に東京営業所開設。
2003年2月 ISO9001 品質管理マネジメントシステム登録。クレーム0 をめざして顧客満足に努める。以降、更新継続。
2005年10月 プライバシーマーク認証。JISQ 15001-2006 に対応し、個人情報保護に努める。2017年8月にISMSに切り替える。
2008年6月 木原庸裕が社長に就任。社員数50名。
2009年9月 社屋南館、西館の増築にともない、菊半4色機ハイデルベルグスピードマスター74-2に更新。
2010年5月 印刷通販サービス「すぐスール」開始。
2010年6月 ISO14001 環境マネジメントシステム取得。環境負荷の低減に取り組む。以降、更新継続。
2011年5月 メディア・ユニバーサルデザイン(MUD)コンペにおいて2年連続受賞。
2011年10月 富士ゼロックスColor 1000 Press更新。小部数デジタル&オンデマンド印刷を強化。
2013年11月 東京営業所に常駐スタッフ置き、関東方面での営業強化。
2013年11月 富士フィルムXMFシステムの導入により、製版ワークフローの飛躍的進化。CTPは廃液ゼロで環境に対応する。
2016年9月 XMFにカラーパスオーガナイザー機能を追加。プリンタ・印刷・拠点間等、全社統合のカラーマネジメントシステム完成。
2017年3月 M&Aにより東京調布市DAIプランニングを関連会社に。
2017年7月 東京営業所が水道橋に移転。
2017年8月 プライバシーマークをランクアップし、ISMS(ISO27001)情報マネジメントシステム取得。同時にOHSAS18001労働安全衛生システムを加え、4種の国際規格を認証取得。
2017年11月 富士ゼロックス1パス6色機「Iridesse(イリデッセ)」の国内1号機を導入。デジタル印刷機5台のラインナップで更なる短納期・高品質を目指す。
2019年2月 経済産業省が推進する「健康経営優良法人」の認定を取得。守りの健康管理から攻めの健康経営へ。
2020年6月 OHSAS:ISO45001労働安全衛生への規格化に伴い、ISO=4規格すべてを取得。今後も一企業としてお客様や社会への責任を果たしていく。

遊文舎の歴史と印刷技術

遊文舎のルーツは、出版および印刷である。

 1969年4月大阪吹田市にて、木原基彌が創業した。
 当時は、京都大学や大阪大学の語学テキストを印刷していた。
 先輩や友人にドイツ語教師が多く、おもにローザ・ルクセンブルグ、ヴァルター・ベンヤミン、エルンスト・ブロッホなどの著作を印刷し、出版した。
 メジャーな教科書会社では取扱われなかった本たちである。
 創業当時は、組版機が東和タイプライター2台、印刷機が「ゲステットナー」1台、手動断裁機1台というごく簡素な設備であった。
 当時のタイプは、イロハ順に並んだ活字盤から文字を探しだし、アームに挟み持ち上げて「エイヤッ」と、ロウ原紙に打ち込む。力が弱ければちゃんと印字されないし、強すぎると原紙に穴があいてしまって、それまでのすべてがオシャカになってしまう。文字通り力加減の勝負であった。
 印刷機は卓上型の謄写印刷機。タイプ原紙をドラムに巻きつけてガラガラと回していくが、2枚給紙すると原紙がやぶれてしまったり、300枚も印刷すると皺になったり…で、また一からタイプを打ち直さねばならない。当時は、「軽印刷」とよばれるこのようなジャンルが急速に普及した時代であった。
 いまから考えると、品質的にはずいぶんひどいものであったが、教師・学生からの印刷へのクレームは全くなかった。本の中身の価値が第一で、印刷精度は文字が判読できればよし、という熱い時代の風が吹いていた。
 以降、タイプ印刷=謄写版印刷から、手動写植印刷=オフセット印刷、電算写植(コンピュータ)印刷へ。DTPの登場による文字と画像の統合、従来の製版プロセスをジャンプしたCTPシステムへと、遊文舎も印刷業界のめざましい技術変化にともない、急速に進化してきた。

翻って、世界の印刷の歴史をざっとふりかえってみる。

 印刷としては、隋から唐への7世紀ころの中国が発祥の地であるといわれる。
 日本では、770年に印刷されたとされる〔百万塔陀羅尼経〕が、現存の最古の印刷物として、法隆寺や国会図書館に残されている。6年の歳月をかけて100万巻印刷したというから、私たちの想像を絶する。江戸時代に熟成していった木版印刷技術は、版木に彫って墨をつけ印刷したものであるが、この経文の印刷方法については銅版印刷説、木版印刷説などあり、いまだ判明していないらしい。
 次に、11世紀なかば活字も中国で発明された。粘土を焼いてつくられたそうだが、朝鮮では1230年代に銅活字を用いて印刷した記録もあるとのこと。
 そして、グーテンベルクによる「活版印刷」の発明である。ヨーロッパ中世ルネッサンス期の火薬・羅針盤・印刷術の3大発明。グーテンベルクは、鉛を成分とした活字鋳造技術から『42行聖書』を185部印刷したという。
 彼の活版印刷技術の発明により、一人ひとりの人間が書き写して作られていた書物が、一挙に大量に印刷されるようになり、1450年から50年間に、約250都市1000軒を超える印刷所が出現し、30,000種、推定900万冊の本が印刷されたという。
 グーテンベルクの印刷技術の発明は、一部の人に独占されていた書籍の恩恵=知識を広く多くの人に与え、産業を発展させ、宗教改革というヨーロッパ世界の一大変動をもたらし、フランス革命や、21世紀の現代社会にも大きく寄与していく。

社会=お客さまのニーズの先にあるものを実現

日々研鑽する社風

 私たち遊文舎は、このような歴史を動かし時代を変革していく力、印刷技術の文明発展への貢献という社会的使命を矜持とし、印刷の過去から学び、現代に生きる人々や社会と印刷のかかわりを考えるなかで、たゆまぬ進化をつづけていきたいと希う。
 現在のすべてデジタル化した印刷工程のなかで、印刷物はより高速・高品質・短納期を追及している。その高度な印刷技術を応用し、さまざまに展開して、社会=お客さまのニーズの先にあるものを提案し、実現していく、それが私たち印刷業に携わる者の歓びであり、社会貢献でもあるだろうと考えている。

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