大阪印刷人の傍目八目

   

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2008年11月18日

「鬱の時代」にフラワーセラピー

先日、コスモス会で「フラワーセラピー」なる例会を主催した。

当日の講師、松井道子氏によれば、
「私たちは、心の中にそれぞれ個性的な<葉>を持っていて、その葉は世界で一つしかない<花>を咲かせる。そのプロセスの中で、人は悩み迷いまたは喜び感動し、数え切れないほどの感情を日々感じている。
自分流に花を生けるなかで、今までの自分の行動パターンや、思考パターンが、目の前の草花達にどんどん表現されていき、それを見ると、いままで知らなかった自分自身を発見し確認できる。そこからポジティブなメッセージを共有し、これからの生活を変えていくことができる…」


最初に、各自が「自分の何を変えたいのか」テーマを決める。
わたしのは、「自分自身のネガティブ思考をなくしたい」こと。
「そんなことしてもどうせムダやろ」「こんな毎日でほんとにええんやろか」と、消極的に悩む自分とたたかうことが多い。
参加したメンバー22人も、いつもどおりにぎやかに明るくテーマを決めていったが、それらのなかにも、私と共通するものが多かった。

つぎに、準備されたいろいろなお花のなかから、好きなものをえらび、好きなように生けた。
なるほど、結果はこのように同じものはひとつとしてない。

all.gif

私の生けた花は、なぜかまわりからは大不評。
いわく、・お花がアッチャコッチャばらばらに向いてるやん
    ・種類が多すぎて、メインがないよ
    ・背が高すぎて、さきのこと(もって帰る)を考えてない

けど、みっちゃん講師は
「まだまだいろんなことに好奇心もって、チャレンジしていこうという意欲がある」といってくれた。
彼女は、みんなを誉め、けっしてネガティブなことはいわない。
そして、赤塚富士夫の「これでいいのだ」という言葉の効用を紹介した。
コスモス会員のMさんも英語のことわざ
Everything happens for the bestu」があてはまるのでは?と紹介。


五木寛之は、いまの社会全体の流れを「鬱の時代」だという。
歴史は熱狂と閉塞を繰り返し、世界的金融危機の現代は閉塞に向かうところで、これから50年は続くかも。
こんな時代を生きるには「鬱の力」を持ち、人間の内面を豊かにし穏やかに生きていく必要があると述べている。
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万事にシビアで臆病なわたしも、ときには「これでいいのだ」とひらきなおって、自分にやさしく、生きのびていきたいと思う。

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コメント (4)

papaho:

遊民が「消極的に悩む自分とたたかう!」……臆病なわたし……
ありえへん!!
ちょっと自分を乙女チックに美化しすぎやなぁ〜 ハハ〜

TIARI:

全く同じ花器、同じ花、本数も種類も同じ、なにかもかも同じ花材があったとしても、生ける人によって結果が異なるのがお花のおもしろさですね!
レッスンに通っている時は、みんなで品評会をしてました!

遊民さんの生けたお花はどれですか?

遊民さんのブログを見て久々に本格的に生けたくなりました!
ちなみに私は流れのある生け方が好きです。(^^)/
…たしかに生け方に性格はかなり反映されますね(T_T);

遊民:

中段の右端が、遊民。
ピンクのガーベラを自分自身にみたてました。
わたしは、お花の流儀はなにもしらないけど
みんな、そこそこわきまえて、そのうえで生ける
といったかんじだったので
わたしのがムチャクチャに見えたのかもね。
けど、じぶんではこれが最高!と思ってます。
他の人も自分自身に納得してたようです。

>papaho
人間は、悪魔にもなるし天使にもなる。
なが~い付き合いなのに
とても繊細でナイーブな遊民の本質をわかってな~い!

勝血(かっちー):

>私の生けた花は、なぜかまわりからは大不評。
・お花がアッチャコッチャばらばらに向いてるやん
 ・種類が多すぎて、メインがないよ
 ・背が高すぎて、さきのこと(もって帰る)を考えてない

セラピーという名を借りた心理分析のようなものが、最近よくありますが、色でも花でも絵でも服でも、どんなものでも「ナゼそれを選んだのか?」という行動分析学というものがあります。

分析には多聞に私情が入りがちですが、
わたしから見ると、遊民さんのお花は、「わたしをみて、わたしをわかって」と訴えているように見えました。
不評だったのは、自己主張が強すぎて周りが見えていないように感じられたからでしょう。

生け花にはいろいろ流儀がありますが、
すべからく「自然体」を謳っているところが多いようです。

自分の気持ちだけでいけるのではなく、たまにはお花の気持ちになって「どの場所にいけてもらいたいの?」と問いかけながら生けると、それこそセラピーになるのでは?


>こんな時代を生きるには「鬱の力」を持ち、人間の内面を豊かにし穏やかに生きていく必要があると述べている。

鬱は「人間の内面を豊かにし穏やかに生きていく」ものではないと思います。鬱は地獄です。地獄を生き抜くには「穏やかに」ではとても太刀打ちできません。「しなやかに、したたかに」だと思いました(^_^ゞ

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