大阪印刷人の傍目八目

   

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2008年7月16日

忘れることと生きること

わたしが所属するコスモス会で、Kさんの米寿のお祝いをすることになった。
コスモス会は、大阪で印刷業にたずさわる女性のあつまりである。


Kさんは、そのメンバーの長老で、この8月に88歳の米寿を迎える。
趣味の詩吟や旅行に飛び回り、しょっちゅう海外にも出かけるので
なかなかつかまらない。
ガンで胃を摘出したあとも、旺盛な食欲は元気のもとで、わたしは
「彼女は不死鳥(フェニックス)」と心底信じている。


2年前に没したわたしの母は、彼女と5歳だけちがう年上だった。
晩年は認知症で、なにかも忘れて攻撃的になり怒鳴りまくるので
わたしたち姉妹は悲しみ、苦しんだ。
Kさんにも、いろいろ話しを聞いてもらった。
「またゴテてはるねんなぁ。それがおかあはんの仕事やさかいなぁ」
という彼女の声を聞くと、なぜかほっとして心休まった。


Kさんは22歳で結婚し、2週間後の昭和18年10月
夫君とともに当時の満州に渡る。
夫君はすぐに召集されてしまい、フィリピンへ。
実母と2人で満州に残され、男の子出産。
終戦後の地獄のなかで、1歳にもならない赤ん坊を亡くし
昭和22年8月、奇跡的に生きて日本に帰国。
その後、印刷業を起業し、当時ではめずらしい自社ビルも建てたが
ふたたび、こどもに恵まれることはなかった。
夫君なきあとは社長業も務め、2年前に会長職となり
現在にいたっている。

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さいきん、「○○の品格」という本がブームで、その元祖ともいうべき
「国家の品格」の著者、藤原正彦も2歳で満州の悲惨を体験している。
わたしと同学年でもあり、やんちゃなユーモアが親しみやすい。
母の藤原てい著「流れる星は生きている」は、当時の体験を綴ったもので
ずいぶん昔に読んだが、また読みかえしても涙がとまらない。


Kさんも、同じ体験をされたに違いないので、聞いてみたことがある。
「あんたなぁ、人間は忘れることができるから生きていけるんやで」
と、さりげなく諭された。
Kさんは、そんな人である。

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コメント (1)

右手がしびれるねん:

「流れる星は生きている」って戦時中の実話なんですよね?!
最近、涙もろいから…僕はダメでしょうね

TVで聞いた話です
4*9(死苦)36で苦しい事は36%ある
8*8(ははって笑う)楽しい事は64%あって
合わして100%になる

実際は楽しい事は64%も無いんだけど
人間って悲しい事は忘れるように出来てるそうです
で、ないと持たないらしい

まさしく、人間は忘れることができるから生きて
いけるんでしょうね

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