大阪印刷人の傍目八目

   

« 制作課にて研修 | メイン | ニャンコかワンコかやっぱりクワガタ? »

2008年5月21日

ああ大震災-中国四川と阪神淡路

四川大地震被災地での活動を終え、きょう帰国した日本の国際緊急援助隊が、中国で絶賛されている。
日本隊の活動「忘れない

 ……生存者救出こそならなかったが、整列して犠牲者に黙とうをささげた写真が、全国のネットに転載され、中国人の心を激しく揺さぶった。「ありがとう、日本」「感動した」「かっこいいぞ」-インターネット掲示板に賛辞があふれた。
 犠牲者数万人、遺体は直ちに埋葬という絶望的状況に圧倒されていた中国の人々は、外国、しかも、過去の歴史から多くが嫌悪感を抱く日本の救援隊が、二つの同胞の命にささげた敬意に打たれた。
 ネット掲示板は元来、「反日」の温床だが、日本隊の黙とうで、「対日観が大きく変わった」との声も寄せられている。強硬派らしい人物は「日本と戦わなくてはならない時は全力で戦う」と記した後、「だが、日本人が助けを必要としている時には必ず行く」と続けた。(読売新聞)

zisin-1.jpg
地震から一週間。犠牲者を悼み、キャンドルに火を灯す人たち


私たちにも、1995年1月17日午前5時、死者6434人と負傷者約4万4千人を記録した阪神淡路大震災の記憶は、まだ昨日のことのように新しい。

今回の四川との違いは、火事のおそろしさだろう。
燃える物をすべて燃やし尽くした炎がメラメラと近づいてくるときの恐怖感は何とも言えないと、あとで友人から聞いた。大阪からも消防車が出動したが、水道もストップしたなかで、動きもママならなかった。

そんな危機的状況の中でも、心うたれる風景が随所にみられた。
全国からボランティアも駆けつけた。
企業の対応は、素晴らしいものとそうでないものに分かれた。
ダイエー中内氏は、いちはやく社内に「災害対策本部」を設置。自ら陣頭指揮を執り、ヘリコプターや大型トラックを総動員、被災地へ救援物資を送り続けた。それがのちのダイエーの経営に、大きなダメージを与えることになってしまった。

「どんなことをしても、這ってでも出社せよ」と、上司から言われて、その会社に見切りをつけた友人もいる。

神戸人は、炊き出しのおにぎりや水分を、我さきに奪いあうのでなく、ちゃんと行列して並んで受取り、他の人にも分けあい、助けあった。
なんでもないことのように思えるが、非常時になかなかできることではない。

あれから13年、バブルがはじけて日本人の精神風土もおおきく変わったように報じられるが、今回の援助隊について「真剣で勤勉、わずかな希望も放棄しない態度に深い印象を受けた」という言葉に、まだまだ憂えることはない、とほっとしたりしている。

コメント (1) | トラックバック (0)

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.yubun.co.jp/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/262

コメント (1)

餃子大好き:

日本と中国は今や経済、産業において
切っても切れない関係になっている

そんな中の震災は、隣国でもあり
放っておけない

日本の援助隊は、満足して任務を終えた表情では
ないようにも聞く

素早い行動、多くの救助が出来なかった
複雑な気持ちが見えるような…

あとは医療チームが1人でも負傷者を救える事を
祈るばかり。。。

コメントを投稿


投稿の際は、「投稿」ボタンを1回だけクリックして下さい。