大阪印刷人の傍目八目

   

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2008年3月28日

パンとあこがれ

少年の無差別殺人がたてつづけに起こっている。
こんなこわい事件からは、できれば目をそむけていたいものだが
岡山での犯人は、大阪の高校生ということで
他人事に思えず、ニュースを読んだ。


この少年のおかれていた環境は
ン十年前のわたしと似ているところがある。

(A)大東市から池田市まで1時間半かけて通学
→(私)八尾市から大阪市港区まで1時間半かけて通学

(B)震災、引越し、親から経済的理由で進学断念するよう言われる
→(私)倒産、引越し、親から経済的理由で進学断念するよう言われる

違いは、わたしの場合
(A)中学のともだちと別れるのがイヤ、というたわいない理由
(B)親に内緒で当確と言われた1校のみ受験し、あとは奨学金とバイトでしのいだ

おもえば、ノー天気な性格で深刻に考えなかったのだろうが
それだけではなく、私には夢があった。
ジャーナリズムの第一線で活躍する記者にあこがれて
その世界で生きたい、と強く念じていた。
このあこがれが当時の私に力をあたえ、つよくしてくれたと思う。

pan-ako.jpg

進学で悩んでから10年ほどのち、「パンとあこがれ」というテレビドラマがあった。
新宿中村屋創業者の相馬黒光(パン屋さん)をモデルにした朝の連続テレビ小説。

わたしはあこがれのジャーナリズムの世界から方向転換し
結婚しこどもを生んで、4~5人で起業していた。
10:00始業=16:00終業という学生の延長みたいなもので
朝、この連ドラをみてからこどもたちを保育所へ連れて行ったものだ。

「人はパンのみに生きるに非ず」という。
しかし、パンを食べないと肉体は死んでしまう。
「現実と理想」、ふたつの世界は対立し、人はその葛藤の渦のなかで悩む。

このドラマをみてから、『パンとあこがれ』はわたしのテーゼとなり
いきづまったときは、黒光のように凛と生きねば、と励みにしてきた。


しかし、最近の事件をみると
<人を殺すこと=ヒーローになる>
が1種のあこがれとなっているのだろうか、と疑う。

あこがれや理想は、人を高め前向きに生きるようにするもの。
人を殺したり傷つけたりすることは、その名に値しない。
絶対ゆるせない~。

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コメント (2)

クリームパン好き:

そのドラマは見た事ないですけど
宇津宮雅代の、ですか?

凶悪な事件、犯罪はどうして生まれるんやろ?!

数十年前に比べると最近増えている気がします
それは世の中が本当の意味で
潤ってないのではないでしょうか~
お金とか贅沢とかじゃなくて
心の問題のように思えます

恵まれすぎて有難さをわからず、
画面の中で簡単に人殺しが出来たり
政治もおかしな事が多すぎたり
心と心、人と人の繋がりが
薄く、細くなってるような…

遊民:

>宇津宮雅代の、ですか?
そう、そうです。宇津宮雅代知ってるあなたは
団塊世代?

東京で、製本屋社長が家族殺しちゃいましたね。
和歌山では、印刷経営者が郵便局で150万円盗み
あっけなく逮捕されたそうだし。

だんだん、業界全体キナ臭くなってきた感じ。

「このページには暗い話題はありません」(読売新聞)
と、いきたいものです。


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