大阪印刷人の傍目八目

   

« 製紙業界はん、たのんまっせ | メイン | 寒い朝 »

2008年1月29日

「ひとつの日本」への疑問


1月26日(土)、休日をつぶして営業研修会を開催した。
当日の昼食はスカイラークの「とり弁当」で、鶏のソテー&エビフライであった。全国展開している会社なのできっと日本中同じメニューなのかしらと考えて、講師の先生に大阪に来たときは「たこやき弁当」とか「お好み焼き定食」などのご当地粉もんを用意しなければならなかったですネ、と話すと、「スカイラークなら当然同じメニューでしょうネ、それに2時間30分ですから」という返答であった。

<食べ物から考える>ことも必要かも。
いま、キタのデパートでは全国駅弁大会が開催中で、ことしも品数を増やしているとか。駅弁大会が賑わっているのは単なる食いしん坊だけなのか、出身地への郷愁があるのか、詮索してみる価値があるのかもしれない。
北海道から沖縄までコンビニがいきわたり、TVがキー局と同じ放送を流している(ということは同じCM=今で言えば生命保険か)という商品経済の発展による必然的な帰結を冷静に受け止めつつも、同時に日本列島の歴史と文化について改めて捉え直す必要があると考えた。
そのヒントは、富士ゼロックス2001年2月発行の、『GRAPHICATION』113号
所収の<いくつもの日本像にむけて>という、藤本強・赤坂憲雄両氏による対談であった。

gurafu-1.gif
『GRAPHICATION』113号表紙「数学人」

藤本強氏は早くから北方・南方を視野にいれた先史日本文化論を展開してきた考古学者。
日本列島を「北の文化」「中の文化」「南の文化」という三つの文化圏に分けて見る視点をうちだして、日本の文化をすべて西から東への伝播とする無意識の稲作中心史観に対する楔を打ち込んだ人。
赤坂憲雄氏は東北文化論専攻の民俗学者。既成の枠組みを超えた独自の視点から日本列島史の読み直しを進め、地域学に哲学的根拠を与える試みを続けている人。
この対談自体も興味尽きないものだが、当時の編集部の問題意識は、藤本強氏の次の発言に代弁されているのではないか。

「…歴史学者の網野善彦さんがよく言われる『日本はずっと日本ではなかった』という言葉にならって言えば、明治時代に至るまでの日本の社会体制、政治体制は、やはり一つではなかった。もちろんその核になるものは確かにあったでしょう。けれども、それは時代によって地域がかなり限定されており、どんな視点をとるかによってその地図もかなり違ってきます。ところが、日本は単一民族国家であり、いま日本国が持っている領域は大昔から全部日本であったという言説が、いまでも当然のこととしてまかりとおっていますね。それは、やはり時代を遡って考えれば全然違うし、これからもそのことは言い続けないといけないと思っています。…」

全国チェーン店の「とり弁当」をパクつきながら、こんなことを考えました。
結局、年甲斐もなく全部たいらげました。反省!

コメント (1) | トラックバック (0)

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.yubun.co.jp/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/216

コメント (1)

遊民:

7年前の冊子からの引用とは、驚き!

獺祭の部屋が、いつも本に埋もれて雑然としているのは
こんなこと考えてるから?

ともあれ、一連の営業研修のフォローアップ
おつかれさまでした。

コメントを投稿


投稿の際は、「投稿」ボタンを1回だけクリックして下さい。