大阪印刷人の傍目八目

   

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2007年8月 1日

孔版と謄写版――二つの流れ

JagraBB 7月30日付けのニュースでサンライズ出版の「岩根豊秀の仕事場」が紹介されているのを観て、<サンライズ創業者「岩根豊秀」生誕100年記念展覧会>を7月12日にJR瀬田駅近郊の滋賀県立近代美術館で楽しませてもらったことを思い出した。

JAGRAのルーツの一つであるガリ版の二つの流れについて、あらためて考えさせられた。孔版と謄写版――前者は、<どちらかといえばクリエイティヴな領域を追求>し、後者は、<顧客の要望を忠実に再現>したと言えるだろうか。この辺の機微について、日比野克彦氏は「日本の時代の流れが見える」と題した寄稿のなかで、以下の様に触れられている。

引用すると、
・・・デザインとアートという言い方がある。商業美術と純粋芸術という言い方もある。もともと分けるものではないのだが、日本に於いては伝統的な美術のなかに政治経済とともに西洋文化が流入してきた。生活スタイルと芸術のコンテンツが同次元であった時代から、美術の要素だけが知識・技法として入り込んできた。そのころから芸術が分離し始めた。これは互いを高めあうときもあれば、互いの足を引っ張り合うときもある。これは時代が動いて行く、文化が熟成されていく時には、避けて通れない道である。岩根豊秀氏の作品にはそんな時代の流れが見える。・・・

花田清輝風にいえば、転形期を見事に生き抜いた偉大なる先達であるという他はない。

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コメント (2)

遊民:

孔版って、どんなんでしたっけ?
謄写版は、ガリ版のことですよね。

獺祭さん!
芸術に属するという孔版のサンプル、独り占めしないで、ぜひ私たちにも見せてください。

獺祭さま
ガリ版という呼称が一番通用すること事態が本当は悲しいのですが、庶民の伝達手段として長年、愛用されてきたので仕方ないのでしょうね。ありがとうございます。

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